Lydian

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メルマガ6 VerseとChorus

2017 8.16

スタンダード曲の構成1-VerseとChorus

 今回はスタンダード(アメリカンポピュラーソング)の構成要素であるVerseとChorusについて説明しましょう。構成を知らなくても曲を楽しむことはできますが、構成要素にどのような歌詞が含まれているか、音楽的にどう変化しているかを知ることでより楽しむことができると思います。

 コーラスは曲のいわば本体部分で、曲名を聴いた時に頭に浮かんでくる旋律があれば、多分それはコーラス部分のメロデイです。ヴァースはコーラスの前につけられる、歌詞を持った導入部のことで、多くのスタンダードはヴァースを持っています。楽器での演奏でヴァースを演奏することはほとんどありませんが、歌詞を大切にするヴォーカリストはここから歌うことが多いですね。

●The Lady Is A Tramp  ほとんどのスタンダードは元々歌唱曲で、しかもその多くはミュージカルという劇の中で歌われるわけですから、コーラス部分で歌いたい歌詞の前に伝えたい状況説明を、このヴァースの部分で「語る」という設定の曲は結構あります。一例が、The Lady Is A Trampです。亡国の大統領はTrump(カードゲームのトランプと同じスペル)で、Trampは「どしどし歩く」という意味から転じてじゃじゃ馬という意味があるスラングです。

 この曲はエラ・フィッツジェラルドの名演があまりにも有名ですね。曲の冒頭でピアノの伴奏とともに語るように歌っている部分がヴァースで、ベースやドラムが伴奏に加わった短いイントロの次にコーラスを歌い始めます。

https://www.youtube.com/watch?v=k9mssKqk6YE

 曲全体の意味は、田舎からニューヨークに出てきたじゃじゃ馬娘が、当時上流階級に蔓延していたスノビズムを馬鹿にするというような意味です。コーラスの最初は、「私は8時のディナーなんてお腹が空きすぎて耐えられない」、「映画が大好き、だけど遅れてなんか行かないよ!」といった感じで始まります。当時NYの上流階級ではディナーは8時からと決まっていて、映画館には遅れて行くことがお洒落だとされていたようですが、そんなの冗談じゃないわと歌い手の彼女は言っているわけです。

The Lady Is A Trampの歌詞

http://www.lorenzhart.org/trampsng.htm

 ヴァースでは、そんな彼女のバックグラウンドが歌詞となっています。「気取った七面鳥料理よりごった煮シチューが好き」、「メイン州の田舎からヒッチハイクでNYに出てきたよ」、「ノエル・カワード(当時のスノビズムを代表する文化人)を持ち上げるパーティーになんか行かないもんね」といった感じです。この部分があって、コーラスの歌詞が生きてくるように作られています。さすがは名作詞家のロレンツ・ハート(Lorenz Hart)ですね。

●Night And Day  コール・ポーターが作ったこの名曲もヴァースを持っています。ですが、上の曲とは歌詞の意味合いが違っています。コーラスの歌詞は、文字通り夜も昼もあなたのことを想っているという割とシンプルな内容ですが、ヴァースでは説明的な内容は一切ありません。

 beat,beat,beatと鳴り響く太鼓の音、tick,tick,tickと時を刻む掛け時計の音、beat,beat,beatと落ちる雨粒の音・・・いずれも繰り返す音の情景を3回語られています、それに続けて「私の中で繰り返される声は、you,you,you」と、自分が思うあなたを強調するだけのために、英語の音韻的な言葉遊びに近い歌詞をヴァースにつけているわけです。ちなみに、コール・ポーターは作曲のみならず、ほとんど自分で詞もつけていた大変な才人でした。

 これもエラの歌を例に挙げておきましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=PEM_63_P0CY

 両方の曲のヴァースに共通するのは、メロディと言えるほどのメロディがないことです。Star Dustのように素晴らしく美しいメロディでできているヴァースを持つ曲もありますが、この2曲のようにコードの動きも少なく、旋律があってもごくシンプルなヴァースの曲が多いです。

 ヴォーカリストの立場から言うと、コードとメロディーが有機的にかみあっていなくて、いきなりキーが全音上がったりするLady~のヴァースは、音を取るのが簡単ではないという面もあります。

●ヴァースからコーラスへ  ソングライター達はなぜヴァースを旋律的には作らなかったのでしょうか?恐らく、ヴァースをこのように作ることで、コーラスに流れ込んでコード、メロディが動き出す瞬間が気持ち良く感じられるからだと思います。Lady~では冒頭からリチャード・ロジャースが書いたメロディーがアップテンポで始まり、いきなりスイングし始めます。

 一方、Night~でポーターはヴァースの最後の音(エラの演奏ではEb)とコーラスの最初の音を敢えて同じにして、コーラスの1小節目まではヴァースの世界を引っ張り、2小節目から違う世界を展開するという凝った演出をしているように聴こえます。歌詞で言うと、Night andまでがヴァースで、 day~はコーラスの最初の小節です。

Night And Dayの歌詞

http://www.metrolyrics.com/night-day-lyrics-ella-fitzgerald.html

 いやはや、ソングライターというのは本当にすごい人達です。ヴァースからコーラスへの入り方は彼らの作曲技術の一部でしかありませんが、こうした素晴らしい仕掛けが随所にちりばめられているから、作曲後何十年経っても魅力が褪せないわけですね。しかも、量産ぶりもすごくて、ロジャースの曲は出版されただけで900曲と言われています。

 メルマガ4回め、お楽しみ頂けたでしょうか。このヴァースとコーラスを頭に入れてヴォーカルの名演を聴くと、新しい楽しみ方ができると思います。次は、スタンダードの構成を、サビ(Bridge)と転調というテーマでお届けする予定です。

◎Lydianからのお知らせ1  お客様から、店のピアノがとてもきれいに聴こえるというお話をよくいただきます。出演いただいているピアニストからも、とても弾きやすいとか、気持ちよく弾けると言っていただくことが多いです。

 ヤマハのC5というグランドピアノとしては大型の機種で、奥行きが2mちょうどあります。グランドピアノは弦長が長いほど深く響きの良い音が出るので、弦長を長くできる奥行きが長いピアノほど良い音を出せるんです。

 ピアノは低い音域は周波数が低くなるように弦(ピアノ線)が巻線になっているのですが、単線の方が響きが良いので、どれだけ低い音まで単線にできるかが重要です。奥行きの長いピアノほど、低い音まで単線にできる、言い換えれば巻線の弦を少なくできるので良い響きにつながるわけです。

 このピアノは、ピアノ製造のメッカとも言える静岡県浜松まで行って買って来ました。中古ピアノの場合、ネットで相場が分かるので調べるとはるかに東京よりリーズナブルなことが分かっていたからです。購入した楽器店にはC5の中古が2台あり(値段は同じ)、店のC5は弦とピンが新しくなっていて指弾するとかなり良い音を出したので迷わず買いました。しかも、前のオーナーがあまり弾かなかったらしく、弦を叩く重要部品のハンマーフェルトがほとんど劣化していなかったのもラッキーでした。

 ピアノが当たりだったことに加えて、Lydianの残響が多めの音響環境にマッチしているというのもあり、お客様からもピアニストからも好評をいただいているのだと思います。こうした情報を頭に入れてからLydianでのピアノの音を聴くとまたイメージが変わるかもしれませんよ。

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