Lydian

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メルマガ9 ピアニスト・トリビア

2017 10.16

ピアニスト3人のトリビア

 これまでスタンダードの成り立ちやソングライターを中心にお届けしてきましたが、今回はちょっと息抜き的に、ジャズピアニストに関するトリビア的なお話を書いてみます。スタンダードについては今後もしつこく書いて行きます(笑)。

ピアノは数ある楽器の中でも特別な存在です。同時に最大10の音を鳴らすことができ、しかも旋律の動きをコードと一緒に動かしていけるのはピアノだけです。その機能フルに生かしてどんな曲でも最適な伴奏をつけることができ、自身がアドリブやメロディーを弾く時に自分でコードを自由に表現できるために、ジャズではほとんどの演奏形態でピアノが入るわけです。ギターもコード楽器ですが、単音のメロディー(アドリブ含む)を弾きながらコードを響かせるには限界があります。

 それだけに、ジャズピアニストは非常に多くの演奏技術を身につける必要があり、超絶技巧で知られるオスカー・ピーターソンはインタビューに答えて「10代の頃は1日18時間くらい練習していたかな」とサラリと言っていました。このため、ちょっと信じられないような能力を身に着けてしまうプレーヤーもいます。

◎その日の演奏音符をすべて記憶=マッコイ・タイナー

 友人のプロピアニストAさんが実際に体験した貴重なエピソードを紹介します。サックス奏者ジョン・コルトレーンのピアニストを長いこと務め、リーダーとしても1970年台以降非常な人気を博したマッコイ・タイナーのファンだったAさんは来日公演のライブに毎日通い、最前列で聴き続けました。

 それに気がついたマッコイ(タイナーさんとは書きにくいです)は「毎日聴きにきてくれているね」とAさんに声をかけ、Aさんが自分の大ファンでピアニストでもあることを知ると、翌朝ホテルの部屋に来るように言ってくれました。Aさんが尋ねると、「自分は一晩に演奏した音をすべて記憶しているので、それを楽譜にしておいたから持っていきなさい」と言って譜面を渡してくれたそうです。それには、アドリブも含めてその曲でマッコイが弾いた音がすべて書かれていました。

 これはちょっと異常とも言えるくらいすごいことです。4分音符が1分間に150というスピードで10分演奏すると4分音符が1500回になりますから、8分音符でアドリブを取ると、音数だけなら3,000個、仮に右手でその半分の時間単音アドリブを取ったとすると、やはり8分音符が1,500個ということになります。

 実際は左手でコードを押さえますから、もっとずっと増えるでしょう。それを全て記憶しているのいうのは尋常ではありません。このエピソードを話を日本のプロピアニストに話すと、「普通は弾いた直後でも覚えてないのに!」と例外なく驚きます。その記憶力もすごいですが、初めて会った日本人ピアニストにそこまでしてくれる誠実さ、親切心も尊敬に値すると思います。

◎スタンダード数千曲をエニーキーで

 札幌在住の豊口健さんというジャズピアニストがいます。最初に聴いた時は歌伴のライブだったのですが、女性ヴォーカルの方が譜面を渡さず「次は○○の曲、キーは○○で」と指定するとOKと言っていきなりイントロを弾き始めました。

 多くのスタンダードは、オリジナルキーがよく演奏されるキー(調性)が決まっていますが、女性ヴォーカルの場合は声域の関係で、違うキーで歌う場合が多くなります。その場合は歌いたいキーに移調した譜面をピアニストやベーシストに渡すのが当然とされています。プロといえども、すべてのスタンダードのコード進行が覚えいているわけではなく、覚えていたとしても、頭の中で通常演奏しないキーに瞬間的に移調しながら弾くのは至難だからです。譜面があったとしても、Gb(フラット6個)とかB(シャープ5個)のような難しいキー指定を嫌がるピアニストも少なくありません。

 ところが豊口さんは、スタンダードを定番からマニアックなあまり演奏されない曲まで数千曲!暗譜しています。そして、その場でどんなキーでもしながら弾けてしまうのです。コードネームを個別に覚えていてそれを瞬間的に移調しているというより、あるキーのドミソをⅠとすると、Ⅱm7(Ⅱ度マイナーセブン)とかbⅥ7(フラットⅥ度セブン)というように、相対的な度数の開きとコードタイプで記憶していて、キーの指定でⅠが決まれば後はそこから自動的に展開できてしまうということのようです。

 豊口さんはほとんど毎日札幌のHalf Noteというお店で演奏されています。演奏自体も歌心があってとても素晴らしいですので、聴くチャンスがあれば是非お勧めします。

 マッコイにしても豊口さんにしても、この特殊な能力が演奏内容と直接連動しているわけではありませんが、ピアニストが高い演奏能力を身につける上でとても多くの練習、鍛錬を重ねてきていること、その結果常人には驚くほどの能力となって現れていることの例としてご紹介しました。

◎片倉真由子さんの振り上げた右手と呼気

 Lydianにも何度も登場している片倉真由子さん。今日本で最も弾けているピアニストの一人であることに異論がある人は少ないでしょう。テクニック的に優れているのはもちろん、紬ぎ出されるアドリブフレーズには常に歌があり、個人的に大好きなピアニストです。

 アドリブを弾いている時の片倉さんに特徴的な動作が2つあります。一つは、鍵盤を弾いていた右手を肩くらいの高さまで持ち上げて止める瞬間があることです。時間にして2,3秒くらいでしょうか。他のピアニストにはない独特の動作なので気になっていましたが、あれは頭の中に次に弾くべきアドリブのメロディーが浮かぶのを一瞬待っている時間なのでは?と、ある時思い当たりました。で、ある時ご本人に聞いてみたら正解でした。

 ピアニストに限らず、アドリブを弾くという表現法にはいくつかのやり方、段階があります。一つは、あるコードに対して使えるフレーズを幾つも練習して頭の中の引き出しに入れておき、コード進行に応じてそれを当てはめるというやり方、もう一つは頭の中でその時鳴ったフレーズを弾くというやり方です。優劣は軽々に論じられませんが、頭の中で鳴った音を弾くと言っているミュージシャンのアドリブの方が自分としては好みです。片倉さん自身は、以前は引き出しから持ってきたり使えるスケールを中心に弾いていた時期もあったけど、今は頭の中で鳴った音を弾いていると言っています。

 この方法は、頭の中で音が鳴り出さない時には弾かないというところに難しさがあり、鳴っていないのに音を出してしまうと、頭の中では鳴らなくなってしまいます。ということは、鳴らない時には鳴るまで待つことも必要だという事ですが、片倉さんが右手を宙に浮かせている時は、それを待っている時間だということでした。

 片倉さんはもう一つ、アドリブ演奏中にスーッと強く息を吸うことがあるのも特徴的です。これは、管楽器でいうブレス(息継ぎ)を作るという意味でやっていると言っています。ピアノには本来ブレスは必要ありませんが、実際に息を吸うことで音を弾かない瞬間を作り、それをアドリブ構成上の区切りにしているのだそうです。

 言葉に例えるなら、単に単語を並べていってアドリブするというだけでなく、句読点を打って意味が一段落したところで息継ぎをして、それから次に言いたいことを展開していくという意識だと言っていました。単語だけを並べて行って話すことももちろんできますが、どこで区切りがつくつのか分からないままだらだらと話し続ける人との会話は疲れますよね。

 それと同じで、言いたいことを一つ言い切ったらそこでマルを打ち、次につなげた方がメリハリがつきます。それを意識して演奏しているから片倉さんの演奏は、ずっと聴いていても飽きることがなく説得力があるのだと自分なりに納得しました。

◎Lydianからのお知らせ 片倉真由子さんのライブを2件お知らせします

・12/3(日)はベーシストの金森もといさんとのデュオです。ベースとのデュオなら 金森さんと演りたいと片倉さんが指名した、歌い方もビート感も素晴らしいベースマ ンです。

・1/14(日)はすでに2回Lydianで演奏しているアルトサックスの池田篤さんとのデュオです。初回から素晴らしかったのですが、2回目はさらに凄くなり、お客様は一音も聴き逃すまいと聴き入っていらっしゃいました。

 ピアノというと定番フォーマットのトリオでなくちゃと思っている方は多いと思いますが、片倉さんのデュオ、ソロを是非一度聴いてみてください。必ず満足いただけると思います!いずれも日曜日で13時半の演奏開始ですので、お間違えのないように。

ご予約はスケジュール表からお願いいたします。

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